ホテル開発費とコストトラブル
よく発生するコスト課題をその要因別に分けると、
1)投資計画上の課題(バジェット/アロケーション)
2)建築計画上の課題(工事費や伴う経費のオーバーラン)
3)運営準備上の課題(運営準備上の想定外のコストや修繕等)
の3点があります。現実的には設計フェイズのどこかの段階において工事見積が提出され、慌ててコスト調整に走るプロジェクトが多いと思います。しかしながら、発注者の目線に立って考えれば、土地の手当、テナント(運営者)の手配、予算目標は初期企画段階で既に決められており、設計が進んだ時点での大幅な設計変更は、時間的にも、コスト的にも非常に高くつくので、手戻りは許されません。3)の運営準備上の課題は工事完了後に発生する問題ですのでひとまず脇に置きますが、1)、2)の問題をコストプランニング、コストコントロールの観点から考察していきたいと思います。
よく耳にする”グレード”と工事費の関係として、
「5スターホテルをつくりたいのだけど、坪いくら程度見ておけば良い?」
このような疑問があります。特に他の不動産アセットタイプ、共同住宅やオフィスのようにある程度グレードと総価格の関係性がシンプルな計画を多くされてきた方ほど、ホテルの工事費が分かりにくい、という疑問を持たれるようです。拙共著『ホテルの創り方』の出版企画段階でも、事業者やアセットマネジャーの方々から、建築コストに関する整理はできないか、という要望をいただいておりましたが、結果としてはコストの話は各論に入り込んでしまうため、書籍コンセプトから考えて概略に触れるにとどめました。
さて、ホテル建築コストに関して参考になるデータとして、アメリカのコンサルティング会社HVSのwebサイトに、ホテル開発に関する開発費の調査結果が公開されているものがあります。
邦訳、日本円に修正したもの(為替レートは107円で換算)が下図になります。
当然ながら国や地域といった建設市場、労働市場が異なりますので、一概にこの数値を日本国内の開発に当てはめるはできませんが、建築費やFFE費用の一室あたり単価や、事業費全体比率等については一つの指標として参考にすることはできると思います。
バックキャスト思考で考えるホテル建築コスト
では、どのようにホテル建築コストを考えることが望ましいのでしょうか。
前述のとおり、グレード別ホテルコストを事業予算全体感のつかみや、参考指標の一つにすることはできます。ただしLiteratusでは、これをもとに予算計画を立てることは推奨していません。計画されるホテルが生み出す利益をスタディして、そこから投資可能金額を算出し、必要な工事費、経費のアロケーションを作成していくのが原理原則です。なぜかと言えば、工事費を圧迫する計画的な要因の多くが、初期の見立てとの乖離、例えば予定外のブランド基準への適合であったり、想定外の建築費以外の品目、例えばFF&Eアイテムや、調整費用などが、実行予算を圧迫する等のケースが多いからです。簡単なケーススタディの方法については『ホテルの創り方』の参考図表をご覧ください。
つまり、ホテル開発(ホテルという建築を創る行為)においては、土地取得を除けば、建築投資金額の負担割合が大きく、工事費、FF&E費を適切にコントロール(Process Management/Risk Management)できるか、換言すれば・費用対効果の高い計画ができるか・計画に対して実行上の乖離をなくすことができるかが重要になります。
続いて、ホテルのコストプランニング・コストコントロールの過程には、どのような課題要因があるか、これまでの経験をもとに課題要因を整理したマップが下図になります。設計段階で特に調整しやすいのが白抜きの◯に太文字で記載した項目になります。
なお、課題要因には
・(影響が)大きい/小さい
・事業の川上でしか調整できない/川下でも調整できる
・イニシアティブが事業者にあるもの/ないもの
がありますので、事業場の優先順位や、コストリスクなどを考慮しながら検討する必要があります。
1)企画段階の実現性検証(フィージビリティスタディ)
まず第一にバジェットの計画です。ここでは既に事業決定し、全体予算は確定している前提で考えますので、コストアロケーション(予算配分)が重要となります。ホテル事業には様々な予算項目があり、またグレードや施設機能、ステークホルダー等によって条件は変わります。(事業決定以前のフィージビリティスタディにおける、品目の漏れ、想定予算金額の過不足、過剰なGOP設定による実態との乖離など。)事業者は、ホテルに習熟したプロジェクトマネジャーやアセットマネジャー等のいわゆる”ホテルコンサル”に早期から事業参画してもらい、知見や経験を出してもらいながら、リスクを最小限に収める等のやり方が一般的です。
しかしこの段階で全ての品目を網羅し、実質値に近い金額を想定し、かつその金額から全くのぶれが生じないように事前調整しておくことはよほどホテル開発に慣れたプロフェッショナルでも難しいことです。つまり、事業進行に伴うブレを最小限に抑えていくファシリテーションが必要になるのです。予算編成を開示することは諸々の事情で難しい面もあるかと思いますが、品目や予算間だけでも新しく参画するステークホルダー(設計者、コンサル、ホテル運営者等)とすり合わせを行い、抜け漏れの有無や、予算間の妥当性を検証し続け、予算内でのやりくりや、必要に応じての追加、減額予算の調整などをすることが、後々になっての大きくコストトラブルを事前に避けることに繋がります。
また、企画当初のビジョンやターゲットの設定、その延長としてのホテルグレード設定やコンセプトなどは、コスト影響を与える意思決定の指針として、非常に大きな役割を担います。経験豊富な不動産開発業者の方でも、「今回の計画は坪〇〇円を目標として設計してください」というルーズな目標のみを設計者(時には設計施工者)に提示して、コストがブレた場合、技術者の責任において調整を押し付ける、というやり方をする場合も少なくありません。もちろん設計者やデザイナーの思いで過剰コストになるケースもありますが、この最初の段階の予算設定提示の甘さがリスクであることを自覚しなければなりません。可能な限り、ビジョン、ターゲット、コンセプトは”プロジェクト憲章”として共有し、またグレード設定についても、4つ星や3つ星といった格付けだけでなく、各機能(設備ごと、居室ごと)別にブレイクダウンできていることが望ましいと思います。
上図は社団法人日本建築家協会が発行する『JIA-PMマニュアル』に記載の図表ですが、プロジェクト予算段階で、ある程度ブレイクダウンするするためのものになります。この図表では「工種別」ですが、「室機能別」で検討するケースもあります。
室別で予算を計画した場合、上図にのようにさらにブレイクダウンして考えることも可能です。(図は改修工事のケースです)
現実的には・デザインコンセプトによる「費用のかけどころ」・見積もり業者による単価の違いもあれば、・設計図の詳細化による項目の変化や追加などの変動要因が多数あるわけで、初期に時間をかけて見通しを立てても有効ではない、と考える人もいるでしょう。各専門業種(コンサル、設計者等)と内容を洗い出ししたり、実際に図面での議論に入る前に、しっかりとしたプログラミングのプロセスを踏むことで、その先に発生する問題に対して、迅速かつ適切な意思判断をするための材料となります。
予算のアロケーションとも関連しますが、アイテムの量が変化すれば、当然工事費が変わります。ホテルであれば客室の5万円のアイテムが増えれば、200室で1,000万円の追加とその影響は甚大です。
ちなみに、建築の計画に慣れている技術者の方でも、・特殊内装っていくらまでかけていいのでしょうか?・FF&Eの予算はどれくらいとっておくべきでしょうか?という疑問を持って、相談に来られる方がいらっしゃいます。基本的には総予算の中でのやりくりになりますし、デザインの軽重によっていくらでも変わります。極端なケースでは、ホテルラウンジの特殊照明(シャンデリア)とか、特集FF&Eの立体アートワークが1つで数千万円のデザイン、というホテルもありますので。
なお、日本とは建設物価の全く異なる国におけるホテル事例を参考に、国内の水準でホテルを建築しようとすると、予定予算の数割増、ひどい時はFFE費用が倍額、になっていたりすることもあるので注意が必要です。
2)外部選定や発注計画
当初の計画案で新国立競技場が約1,000憶以上のコストオーバーランで問題になったことは記憶に新しいですが、じつはもっと前からこの”発注方式”という言葉が建築業界では議論されていました。
※発注方式に関する詳細な解説はまた別な記事にて → Under Construction
発注方式の選定はCM(コンストラクションマネジメント)の主要な役割の一つですが、
・契約段階における工事費の確定
・コストコントロールプロセス
という2つの側面において、非常に重要なポイントとなります。よく聞く話として、「ラグジュアリーホテルだから一流の設計者や施工者でなければならない」と盲目的に考えることには誤解があります。どんなプロジェクトであれ、プレイヤーが優秀であるとか、企業与信はあるに越したことはありません。しかし”コストマネジメント”という視点にフォーカスした時には、むしろ、
・適切な発注方式の選択・透明性のある選定プロセス
・抜け漏れのない契約締結
・類似ホテル案件の経験
等が重要になってきています。
事業者の予算を守ったり、事項で述べる運営者との折衝であったりと、通常業務以外に検討の必要が多いのが、ホテルの計画です。その穴を埋めるためにPMやCMが機能している、と言っても過言ではありません。「プロなんだからここまでやってください」とか、「当然ながら、ここまで契約業務に入っていると思っていた」なんて話がよくあるのがホテルです。現場レベルでは、そんな話をしている時間自体が無駄であり、浪費ですので、計画初期段階でいかにその穴を埋めておけるか、それが”発注方式”なのです。
また、ホテル開発では分離発注が採用されやすい傾向にあります。分離発注を採用している発注者の中には、元請ゼネコンに発注するより、個別に業者発注したほうが安いと安易に考えていることがあります。しかしながら工事の業者が異なれば、デザインの整合が取りづらい、工事間の調整主体や責任の所在といった、分離発注ならではのリスクがあります。逆を言えば、適切なリスクコントロールができれば、ある程度、確実にコスト削減できる部分でもあります。
3)ホテル運営者との交渉
ホテル開発の計画において、最もコストの変動リスクが高いのが、この運営者との折衝です。大きくは「ブランド仕様書(スタンダード)との整合」と、「運営者要望」の2点です。多くの事業者やプロジェクトマネジャーや頭を悩ませています。計画当初は前項で述べたような”一室当たり坪単価”や、技術系企業の保有する見積事例等を参考に、建築予定ホテルの建築費を予算取りするわけですが、ブランド仕様書の内容と乖離が、直接コスト乖離になります。
ホテル運営会社の仕様書の内容が定量的なものであれば、図面に反映し、追加費用を算出すれば事足りますが、多くの内容は定性的であり、解釈や計画への反映に技術やセンスが必要です。実際には、ホテル運営者のテクニカルアドバイスチームが設計や工事の定例会議に参加して、口頭や文書で指摘や要望という形で提示されます。言葉を字面通りに受け止めて計画に反映するのではなく、趣旨や目的といった意図を把握しつつ、費用対効果高い設計を計画します。計画内容が、ホテルブランドを毀損するものではなく、むしろその意図をよく理解した上での計画であることを伝える能力も重要になります。
総じて、早期段階のブランド仕様書、ホテル運営者要望の把握がコスト上、重要な課題であることは相違ありません。事業者は「どこまで交渉できるか」ということを考えることもありますが、基準書に記載されている内容や要望事項というのは、誘致するホテルの”価値を定義”する内容である限り順守されるべきであると思います。ただし、要望(文章)内容をどう解釈し、どう表現(計画)するかはPMやデザイナーを中心とするプロジェクトチームの力にかかっている言えます。
4)ハード(建築物)の計画
ホテル建物の計画に大きく影響を与えるのは、ホテルグレードの設定と、選定したホテルのブランド基準であることは前項で述べた通りです。
構造体がRCであるか、Sであるかといったことは安全性や遮音性などのホテル規定から必然的に決まります。避難や環境といったゲスト安全性を重要視するホテルの基準書の多くは、空調換気等インフル設備に関する厳しい制限を規定しています。
その他コストにビビッドに影響があることとして以外に見落とされがちなのは「レンタブル比」や「内装-FFE比率」です。ホテルの計画というのは、運営上必要な機能整理するゾーニングという手法で配置していくことが一般的ですが、
・運営やゲストの導線
・快適性
・建築基準法上の規定
等をパズル的に紐解いていく中で、かなりのムリやムダが生じていることが経験的に多く見てきました。また、ホテルという建築に慣れていないと、必要以上に空間を広くとることが”高級感”だと勘違いして計画、デザインすることも多くあります。空間はあればあっただけ、何らかに使えますので運営者側も「こんなに広くとらなくて良いですよ」と言ってくれることはあまりなく、過剰な内容になっていることに誰も気づかずに進んでしまうことになります。結果としてそれらのすべてはコストに跳ね返ってきますので、一定までゾーニングが整理さえ得た段階で、必要機能面積の整理や、導線計画を見直し、レンタブル比を向上させることは一定のコスト削減効果を望めます。
また、ホテルには内装工事とFF&E工事があります。一般的には総工事費の10%程度をFF&E工事予算としますが、ホテル運営者やコンセプトデザイナーの考え方にもよりそれは大きく変わります。内装仕上げよりFF&Eに比重をおく考え方をするホテルも多くあります。内装とFF&Eの投資区分や工事発注先の得意不得意などもコストに影響するので、区分の検討は
・ブランドやコンセプト上、必須かどうか
・内装-FFEのコスト配分
・後のランニングコスト(修繕の容易さ、費用)
・会計上の資産償却
など、多角的な視点で検討する必要があります。よくあるのが「とりあえず全部相手側に寄せておけばいい」という考え方ですが、それで相手方の予算を積み増しするのであればよいですが、当初予算で無理やり作ることになれば、品質の低下は免れません。
関係者をまとめ上げ、知恵を出し合いプロジェクトを推進する
私見ですが、プロジェクトマネジメントを”リーダー論”や”コミュニケーション力”といった言葉に集約させてしまうことが好きではありません。managementですので、できる限り言語化し、仕組化し、誰が行ってもある一定上の結果が出せる手法-tools-として整理したい、というのがLiteratusの方針です。
建築計画のコストの問題というのは、
1)非常に高度な建築技術の知識が必要
という側面がありますが、
2)コスト乖離の発生の早期発見
3)費用対効果の高いコスト削減提案を依頼
4)意思決定権限者が、早く、適切に判断できるような条件の整理
も必要になります。1)に関しては建築設計事務所やデザイン事務所、ゼネコン等の力添えなしにはできません。ですが、2)、3)、4)に関しては技術者にそのファシリテーションを任せることはなかなか難しいのが実情です。事業のファシリテーションとリスクマネジメント(コスト管理)について、当社はプロジェクトマネジャーという立場で支援をさせていただいていますが、できる限り発注者、事業者自身が内製で行えることが望ましいと思っていますし、そのためのノウハウをできる限り提供するようにしています。