知りたいことを知りたい
足掛け一年、2019年末に『ホテルの創り方』という書籍を上梓しました。
(オータパブリケイションズ村上実専務取締役との共著)
独立後の長い時間をかけて執筆してきた内容だけあって、話をすれば本当にいろいろな思いがあります。中でも思い出深いのは、本書の企画の初段において、様々な方々から応援と非難という両極端な評価を受けたことです。
それは面白い書籍企画だ、表面的な内容ではなく事実をきちんと書き留めてほしい(如何に我々が現場で苦悩しているか)、といった応援の言葉もあれば、すでにそのような書籍は無数にある、内容的に散漫になりすぎるから各論に絞った方が良い、応援はできるが各社ともにノウハウとして持っている内容は書籍として公表はしたくない、といった否定的な言葉も多数ありました。
共著者である村上さんと私は非常に悩み、方針が二転三転しながら企画を進めることになりました。その過程の中で私の中に非常にシンプルに「二つの想い」があることに気が付きました。
二つの想い
一つは、この書籍に対する自分自身のモチベーションです。
もちろん商業的な意味合いもあるのですが、それ以上に自分自身が30歳そこそこで初めてホテル業界に足を踏み入れた頃の、右も左も分からなかったときに知りたかったこと。わからないなりに書店や図書館を回って、非常にたくさんの文献に圧倒され、一つのことを知りたいだけなのに、数十冊の本を読み漁ってようやくたどり着けた知識がありました。でも、そこで得た知見すら、建築や開発を専門とする自分の視点から描かれていないため、解釈に戸惑うことが多数ありました。
私の専門は建築・不動産ですので、「ホテルを創る」と一口に言ってもハードを建設する行為が中心にあります。ですが、世にあるたくさんの書籍は「ホテルを運営する」もしくは「ホテルを経営する」視点から描かれているものが大多数だったのです。
”プロジェクトマネジャー”という非常に特殊な存在としてホテルづくりに関わっていたからこそ、広範な立場、広範な視点からものを見る、考える必要があったことも幸いしました。非常にたくさんの諸先輩方がたくさんの知見や経験を私に授けてくださいました。
「自分があの時知りたかった内容をまとめてみよう」
これが一つの結論でした。
もう一点、この書籍企画が迷走した時にたどり着いたキーワードが『相談力』でした。
そもそも本書の企画のきっかけを与えてくださった方建築関係の方が、「なぜあの人(クライアント)はコンサルに相談しに行くのだろう」「あの人はコンサルに何を相談するのだろう」ということをよくおっしゃっていました。
その方自身も技術畑の人物でしたので、当然ながら建築発注者の方から様々な相談を受ける立場にありました。ですが、コンサル側が持っている知見と、相談者側が期待している知見に乖離があることを本質的に見抜いていました。
相談する側とされる側にはベースとなる知識量も経験も違います。相談者は相談したい内容を「言語化」すること自体が難しいのが当然です。相手の課題をカウンセリングして、その上で相談に乗ってくれる相手であればいくらでも相談すればよいですが、そのような方が相談に行く先はコンサルではなく何らかの商品を販売している企業です。
建築で言えば、設計事務所は設計業務の委託を、ゼネコンであれば工事請負の受注を、コンサル会社でもマーケット情報のデータ分析や企画提案を「商材」としているところも多数あります。
自分たちの課題を明確化できる人でかつ、相手の力量をしっかりと判断できる発注者であれば、相手の商品の中から必要な部分を選択して依頼すればよいです。
しかし、先述の通り多くの人にとっては課題を言語化するのも難しいし、プロである相手の力量や商材の内容を正確に理解することも難しいのです。それらを公平公正にカウンセリングし、必要な課題の言語化、必要なプロフェッショナルの評価をして、相談者とコンサルを結び付けることができれば良いのですが、残念ながらそのような立場の方は非常に少ないと言えます(Literatusの目指すところでもあります、この点は後述します)。
”相談力”というキーワードが世の中に求められている
と感じました。
本書にはホテルをつくるプロセスの全体像が描かれています、その中で自分が何を知っていて、何を知らないのかに気づいてもらうことが最初のステップです。
理想のホテル創りとは?
続いて、自分自身がたどり着きたい場所、つまり理想とするホテルとは何か、そのために必要なもの(役割、知識、相談相手)は何であるのか、そのために必要な資源(人材、時間、お金)はどれだけなのか、そもそも相談相手というのはどのような種類のもの(相手、企業)があるのか、を考えていきます。そのための航海図とコンパスを書籍という形にできないか、それこそが相談力という内容にふさわしいのではないか、と考えました。
先ほど、私は発注者にとって公平公正に指針となるコンサルとする対象が非常に少ないと書きました。これは非常に難しい問題です。「そんなことはない。我々はそれを提供している!」と叫ぶ人や企業もたくさんいるでしょう。
ですが、本当の意味で公平公正にその相談に乗ってくれる人がいるとしたら、きっとあなたに対して「そもそもなぜこれをするのか?」「辞めるのはどうですか?」という質問から一緒に考えていく立場だと思うのです。しかしながら、多くのコンサルタントはあるレール、例えばホテルを建設する、ことを前提とした商品提供をしています。
あなたが「創るのをやめる」とか、「事業(計画)を縮小する」という選択をしたら損を被るか、もしくはせっかくの顧客を失う立場なのです。だからこそ、私は相談先を間違えないで欲しいし、相談という行為にはしっかりとした対価が必要であると強く発信しています。
さて、本書はホテルをテーマにしてきましたが相談する側とされる側に乖離が大きいのはそれだけではありません。
”相談力”を家づくりで考える
例えば「住宅」のお話です。昨年にあるDINKSのご夫婦の家づくり相談を受けました。十分な所得もあり、必要に駆られての住宅計画ではなく、この先数十年の人生のQOLの向上を考えての計画でしたので、非常に目下の制約条件が少ない相談でした(一般的な家づくり相談では、資金的な問題や、家族や子供、生活地等の制限があり、「賃貸か購入か、戸建てかマンションか、いつが買い時か」といったことにフォーカスされがちです)。
私はクライアントに2時間のカウンセリングと合わせて「家づくり相談力」のテストをさせていただきました。非常にたくさんの本も読まれ、経済的な知識もある方々でしたし、ご夫婦でのコミュニケーションもたくさんとられて未来像を描いておりましたが、小さな価値観の相違があることに気がついたのです。
そこでもう一度「家づくりの未来年表」を一緒に作成し、ありたい未来の生活を描いてみることにしました。同時に、生活地についても当初想定していたエリアよりも範囲を広げて、様々な街歩きを行って頂きました。そこには建築だとか、住宅と言った建物の話はほとんどありません。彼らが欲しいのは「家というハード」ではなく、「家を手に入れた先のライフスタイル」なのですから。
この方々の家づくりはまだ続いています。一般的に家づくりの相談といえば、予算や家族構成から、土地購入や建物の計画(戸建かマンションか、新築か中古かなど)の相談が主流です。でも「家づくりの相談力」というのは、「そもそもなぜ家が欲しいのか?」というそもそもの問いをたてること、そして「その家とどうありたいか?」(一生住むのか、子供に相続させるのか、いつ売却するのか、将来はマンションに引っ越するのか、それとも早期に高齢者施設に入るのか)といった時間軸での思考が必須になります。これを『家づくりの相談力』という書籍企画につなげていきたいと考えています。