インバウンド4,000万人を目前に、急変したホテル業界
世界的パンデミックにより各国共に経済的打撃を受けていますが、中でもBEACHと呼ばれる五つの業態に対しては特に”直撃”しているといわれています。
- B:ブッキング(予約サイト)
- E:エンターテインメント
- A:エアライン
- C:クルーズ
- H:ホテル(宿泊業界)
ホテル稼働の傾向としては、2020年3月時点で・前年比稼働率-50%以上・延べ宿泊者数(国内旅行者)-40~50%(インバウンド)-80~90%と言われており、緊急事態宣言の発令された4月、5月のデータが出てくれば、さらに悪化していることは間違いありません。そのような情勢の中、当社にも、・この先にホテルマーケットに関するマクロ、ミクロ予測・推進中であったホテル開発計画を進めるべきか、見直すべきか・見直すとしたら、どのようなことを考えるべきかと言った相談を複数受けております。もともとホテル業には顧客の安心安全を担保するために、様々なリスク想定がされていましたが、今回の未曽有の疫病というのは全くの想定外、過去のデータ(事実、経験)の参照から得られる知見は少なく、皆思い思いに”この先”のことに悩んでいる、というのが印象です。
ホテル業界界隈での見解まとめ
ホテルは所有、経営、運営という三つの主体によって維持運営されています。多くのホテルが未曽有の体験とも言えるコロナ禍に立ち向かい、マーケターやコンサルタントによる動向予測を頼りに三位一体となってこの危機を乗り切ろうと力を尽くしています。投資家、コンサルタント、メディア等、様々なホテル関係者と関わる中で、概ね統一的な状況の理解、この先の展望があるようで、まずはそれらを概観します。
業界内の統一見解
1)COVID-19について
- 過去には戻れない、新しい生活様式(ニュー・ノーマル)が標準化する
- 当面の間、旅行業は自粛期にはダウンし、緩和期に緩やかな回復、その繰り返しの”W字回復”。
- ”アフターコロナ”ではなく”ウィズコロナ”
経済については各種メディアが毎号特集を組んでいて、様々な予測が飛び交っています。一年後に延期されたオリンピックも実際に開催されるかは不透明ですし、この先の通貨、株価、倒産・失業などの経済打撃、そして回復といったシナリオは描けていませんが、どの論調も年内の収束ではなく、ウィズコロナという疫病とどう共存しながら経済回復に向かうか、という視点に切り替わってきています。
2)観光産業・ホテル業について
- ホテル市況が2018年レベルに戻るには2~3年程度(2023年頃まで)かかる
- コロナ禍による自粛から解放されたとき、旅行需要が高まる(ほっと一息つきたい)
- 渡航制限が解除されるのは一番最後になるはずだから、インバウンドの戻りが最も遅い
- 宿泊市場の回復はインバウンドより国内旅行者の方が、レジャーよりビジネスの方が速い
- 個人旅行が回復しても、団体旅行の回復は遅い
- IT化、働き方改革は出張需要を縮小し、これまで以上に競争が激化する
- マクロ、ミクロ的視野に立った、新しいホテル需要の喚起、段階的な対応
- 中長期的に考えれば、これまでの世界の海外旅行需要の増加傾向は続き、日本国内には世界的なイベント(オリンピック、万博等)もあるので、業界の持続的成長は今後も期待できる
段階的に、緩やかな回復という共通見解のもと、第一に感染を拡大させない範囲で、国内市場が少しずつ需要を戻していく時期に、三密のない滞在を提案する運営ノウハウを準備すること。例えば生活スタイルの変化や、外出自粛の継続による精神的ストレスに対する「メンタルヘルス」といったキーワードは既に海外でも取り上げられています。第二に顧客が旅を選ぶ基準が変わるという仮説を立てて新しいサービスを準備すること。このような動きが現在活発化している傾向にあります。
星野リゾートの星野佳治社長がメディアに出て” 「マイクロツーリズム」(地元での観光・旅行)”という言葉をよく使われていますが、県境を越える遠距離移動の自粛要請が継続する期間の、公共交通機関の利用を避けて自家用車で行ける近距離旅行の需要増加を狙った動きです。これはある意味”昭和のリゾート”への回帰ではないか、と解釈しています。
インバウンドが堅調に増加をたどった2010年代ですが、観光白書などでは旅行消費額のバランスから言えば国内消費の方が圧倒的に多いことは指摘されていました。
また、年齢別延べ国内旅行者数の図表から考えられることとして、レジャー目的での旅行者数は年齢別にそれほど開きはありません。ある程度所得が安定している層が旅行しやすい傾向にあり、コロナによる経済打撃によって中間層未満、それも子育て世代となるとますます余暇にかけられる予算が削減されるでしょう。一方、所得の時間もある高齢者層について見てみると、団塊の世代が75歳を超える、いわゆる後期高齢化社会に突入しますので、コロナ禍の有無にかかわらず減少傾向に入ることになります
一方、旅行スタイルということでいえば、日本にはD.アトキンソン氏が自著『新・観光立国論』の中で「昭和のホテル」と表現した、古いトラベルスタイルがあります。団体旅行を意味する場合もありますが、私は一つのホテルで完結するシンプルかつミニマムな旅行スタイルと理解しています。個人旅行時代に入り、旅行での楽しみ方にも多様性が求められていましたが、行動範囲を狭められ、できる限り三蜜を避けて、となるとこの昭和のホテルスタイル、つまり家から車で出て、ホテルに入って、そのまま車で帰ってこられるわけですから、非常に合理的とも言えます。今どき…、と考えられるかもしれませんが、団塊ジュニアの世代はまさにその昭和のリゾートを子供のころに体験してきた訳ですし、またさらにその子供世代にも団塊ジュニア世代程ではないにしても伝えられているはずです。コロナ禍が顕在化する以前の話ですが、「伊東に行くならハ・ト・ヤ」で有名なハトヤホテルや、ダイヤモンドプリンセス号からの帰国者を受け容れたことで有名な「ホテル三日月」などは、現在も続く昭和のリゾートスタイルだと思っていますが、旅行シーズンに家族で行ってみると、その繁盛ぶりに驚かされます。場所がらインバウンドが多いのかと思うと、予想以上に国内旅行のファミリー層が多いのです。こういう旅行スタイルが気楽でよい、というDNAはまさに受け継がれているのだな、と。そのような意味で星野氏の提唱する「マイクロツーリズム」と「昭和のリゾート」は親和性があるのではないでしょうか。
3)新規ホテル開発について
- レンダーのホテル新規案件に対するノンリコースローンの提供は慎重化
- ホテル運営会社そのもの与信や、資金余力も評価の対象なる
- ホテル運営者の倒産、撤退などに伴うオペレータチェンジ、M&A等・既存ホテルオーナーによる大幅な値下売却
- 低いLTVでローン実行し、パフォーマンスが回復した時点で見直しをかける・物件の評価はDCF法を前提として、売却時のキャップレートにコロナ以前水準にプレミアムを加算。
- 仮に2022年、2023年に竣工、開業したとしてもまだCOIVD-19の影響が残っている状況のため、コロナ以前のパフォーマンスに戻すには時間が必要であり、賃料やMCフィーにも影響がある
- 運営委託契約書において、”不可抗力条項”の厳正化が求められる。 (疫病の定義、不可抗力時の賃料条件や保証)
- オーナーが直接コントロールできように、オペレーター買収の動きもあるらしい
- 賃貸借方式(固定・変動)での出店を運営者が避ける
経済施策からのホテル関連業種への支援としては以下のものがあります。
- 補正予算による「Go To キャンペーン事業(仮称)」
- 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う納税猶予の特例等(賃料補填として損金算入や固都税等各種税金の減免)
- 不動産に関わる金利や貸出しの緩和
マクロとミクロで見るニュー・ノーマル
”ニュー・ノーマル”という言葉を最近よく見聞きします。調べてみると、このような意味のようです。
ニュー・ノーマル(英語: New Normal)は、ビジネスや経済学の分野において、2007年から2008年にかけての世界金融危機やそれに続く2008年から2012年にかけての大景気後退の後における金融上の状態を意味する表現。この言葉は、以降、様々な文脈で用いられるようになり、かつては異常とされていたような事態がありふれた当然のものとなっていることを意味するようになった。
(出典:wikipedia)
健康や経済が回復したアフターコロナは、決して”コロナ以前”に戻れるわけではなく、むしろ社会、経済、生活様式、働き方、そして価値観までもが”ニュー・ノーマル”になってい、と誰もが感じています。ホテル界隈でも様々な有識者や経営者の発言を見ると、ニュー・ノーマルという言葉を用いられているように思います。
ところで、そのようなホテル業界で考えられている「これから」のことを注意深く観察してみると、マクロのニュー・ノーマルととミクロのニュー・ノーマルがあることに気が付きます。
マクロ:観光業界、ホテル業界からみたニュー・ノーマル
ミクロ:ホテル(企業)単体から見たニュー・ノーマル
ニュー・ノーマルではありませんが、コロナ自粛期間に人材のスキルアップに取り組んでいるところがあります。内容としては通常業務に関わるサービス、マナー、英会話等が最も多いですが、これを機にマルチタスクやコロナ感染症対策の衛生管理など、アフターコロナを見据えた知識の習得を狙うホテルもあるようです。
このような人材育成に力をかけられているのは体力のあるチェーン系ホテルに限られ、多くのホテルにとっては、ウィズコロナの時代をどう生き抜くかという経営的存続が最重要課題であり、そこに経営者もスタッフも一丸となって考えを巡らせています。中でも、「自分たちの枠組み(ビジネスモデル)のホテル」で話すのではなく、先に使いたい人(地元でも、観光客でも)が「こういうことをしたい」という気持ちがあって、それであればホテルでそれを実現できるようにお手伝いします、というスタイルを考え始めた、という話を聞きました。
マクロから見たニュー・ノーマルが既存の顧客、すなわちレジャーやビジネス旅行客がどうしたら帰ってきてくれるか、彼らの生活様式はどのように変化するのか、宿泊施設(ホテル)としてどのようなサービスを提供すればよいか、に注力しているのに対して、ホテル自身が取り組もうとしているのは、そもそもホテルという様式そのものを見直すことです。ニュー・ノーマルに対応するのではなく、自分たち自身がニュー・ノーマルになる、という発想でしょうか。
大小、話をすれば、この10年くらいの間に、同様の思想をもったホテルはいくつか生まれてきていたと思います。HOTEL Nui、TRUNK HOTEL、HOTEL K5…。
ミクロな視点からのこうした問い直しは、もしかしたらイノベーションを生み出すところに近い、そう思えてなりません。
コロナとは切り離して、もう一度”宿泊業”を考えてみる
コロナ禍が顕在化する以前から、宿泊施設の供給過剰を指摘するコンサルタントはいました。ニュー・ノーマルという観点からホテルを考察してきましたが、コロナとは切り離してそもそもの日本のホテル市場というものを考えることも必要なことでしょう。とてもシンプルな問いです。
「そもそも、インバウンドはなぜ日本に来たがるのか?」
このような疑問に対しては、当然ながら「観光資源となるものやこと、つまり魅力が豊富にある」という回答が得られますが、でも、それは日本に限った話ではありません。世界には196の国がありますし、生まれ育った国にもまだまだ未体験の豊富な資源があります。私の友人にも、「外国に行く前に、まず日本国内回ったことのない都道府県をなくす」と各地の魅力を自分なりに発見することを楽しんでいる人がいます。 つまり”観光候補地としての日本”に魅力があることは確かですが、その他の選択地(国や土地)に比較してアドバンテージがある、という証明にはなりません。
①安い
なお、反対に日本の方が高いものというのも存在します。例えば交通費などは訪日外国人の日本旅行に対する不満足の中でよく出てきます。2017年の観光庁による調査でも、鉄道は「難しい」、バスは「高い」、タクシーは「通じない」といったキーワードが散見されます。
②安全
日本が安全であることには誰も異論はないでしょう。外国生活の長い知人が日本に帰国すると、気兼ねすることなく外出できることが日本の良さであるとよく言います。一歩外に出れば誘拐されかねない富裕層にとって、日本への旅行というのはどれだけ安らげることでしょう。
上の図はイギリスの経済誌エコノミストが発表した「世界の都市安全性指数ランキング」の上位15位までをピックアップしたものですが、すべての部門において東京・大阪は15位以内にランクイン、総合でも東京が1位、大阪が3位と評価されています。コロナ禍を体験した世界中の人々にとって、安全や健康というキーワードはより一層価値を増すものと思われます。また、「水道を捻れば飲み水が手に入る」ということも非常に大きな価値だといわれています。インバウンドは日本に来てみて、ホテルやレストランなどで「水やお茶」、「使い捨ておしぼり」といったものが提供されたり、公共施設におけるトイレが無料であることなどに驚かれることが多い、というアンケート結果もあります(出典:マイナビニュース)。逆説的には、その安全な日本の中にインバウンドが増加することで、もともとそこに住んでいた人たちの安全が阻害されることが、観光郊外(オーバーツーリズム)として語られることもあります。
「安い」というのは、広く多くの人が恩恵にあずかることができるという意味で、それ自体悪いことではありません。しかし必要以上に価格競争が激化、コモディティ化すると、提供する側の疲弊が始まります。しかし、ここでの文脈における「安い」は経済事情によって簡単に変わっていく可能性があります。少なくとも、高度経済成長期に「安いから日本に行こう」と考えるインバウンドはいなかったのです。続いて、「安全(safety)」というのは観光や宿泊業にとって、日本というものの本質ではないか、と思います。もちろん、様々な環境的要因によって安全が毀損される可能性があることは否定できませんが、今現在の日本における「安全」というのは長い歴史と、豊富な資源、そして日本人の性格や習慣によって形成されたもので、簡単に覆らないものです。
何を本質とみるかは人それぞれですので、今後も大いに議論したいところですが、この先の観光や宿泊を考えた時、より本質を見定める力、バックキャスト思考によるヴィジョンを描く力、が重要になることは間違いありません。引き続き、ヴィジョンをプロセスに、そしてカタチしていくご支援をLiteratusとして提供してまいります。
※参考文献/記事
・星野リゾート、耐え抜くための「1年半計画」に踏み出す~新型コロナウイルスの「新ノーマル」に対応する(日経ビジネス 2020年4月22日 )
・HAMA Japan Zoom Webinar2020年第5回 w/ CBRE
・FINTECH Journal『日本人が直視できない現実、アジア人観光客が訪日するのは「ただ安いから」』(2020年01月27日)
・中小企業白書2020年度版・msn news『訪日外国人が増えたのは、日本が「格安天国」だからではないか』(2019年6月2日)